昔、雑誌の裏表紙に広告が載っていた「記憶術」が気になっていた。
「短い時間で、多くの量を暗記できるようになった」
「一度覚えたことは、ほぼ忘れにくい」
「暗記が苦痛でなくなった」
「難関の大学に合格できた」
とても魅力的な文章が並んでいた。
嘘くさいなとは思いながら、どうしても気になり、母にせがんで買ってもらったことがある。
記憶術の商材は、申し込みから一週間ほどで届いた。
届いてすぐ、私はびりびりと力いっぱい小包を開けた。
プラスチックの安っぽい小さなカセットレコーダーと、カセットテープが入っていた。
はやる気持ちでテープをレコーダーに入れて再生し、テキストを開いた。
一瞬、目が泳いだ。
カラフルな図と一緒に、何かが書いてある。
「一円玉を乳首に貼って、Al」
「ライオンが……」
そこで再生を止めた。
「騙された」
これが私の頭に浮かんだ一言だった。
記憶術というのは、どうやら突飛なアイデアと物事を結び付けて覚えるテクニックのことらしい。
確かに、そういう方法で覚えることもできるかもしれない。
しかし、そのテクニックを身につける時間で、普通に勉強したほうがましではないか?
「アルミニウム=Al」。それだけのために、この仰々しい文章を毎回覚えるのか?
――結局、私はAlを授業で普通に覚えた。
そして、この余計な一文のほうを、いまも強く覚えている。
あのテキストを、それから開くことはなかった。
母から、
「あんた、この前買った高い教材使ってるの? あれ高かったんだよ!」
と定期的に言われるたび、胸が痛んだ。
「記憶術」は、私の中では「黒歴史」とラベルが貼られ、見たくない領域に保存された。
数年が経過し、私は居間でテレビゲームをしていた。
「天外魔境II」というゲームが大好きだった。繰り返し、何周もプレイしていたくらいだ。
暗黒ランという植物の化け物が出てくるゲームなのだが、暗黒ランがうねうねと動くムービーシーンを、母親がたまたま目にして私に言った。
「花の蘭って、女性器に似ているね」
私は黙っていた。
何を突然言い出すんだと思いながら。
「だって、ほら! そっくりだよ!」
下品な話を自分からして、自分でウケている。
「気持ち悪い」 と思った。
楽しくプレイしていた気持ちが何かに上書きされる、そんな感触があった。
「天外魔境II」は、いま遊んでも名作だと思う。
しかし、あのゲームを思い出すたびに、母のあの下卑た言葉を思い出してしまう。
あれから数十年経った今、確信していることがある。
――「記憶術」はたしかに存在する。
この文章を記事にしようとClaudeに相談した。
英語の蘭は orchid で、語源はギリシャ語の órkhis。
意味は、睾丸らしい。
なぜそう呼ばれたかというと、球根が二つ並んでいるから。
「人間って昔から馬鹿だったんだな」
今日、「女性器」に加え、「男性器」という記憶が積もった。
そして、それをしてきたのは、生々しさとは対極にいるAIだ。
皮肉な話だ。
でも、あのゲームを思い浮かべたときに並ぶものが増えた。
「女性器」
「男性器」
「ギリシャ人」
「ばかなじんるい」